この秘法は人皇九代開化天皇の時に支那からわが中つ国に伝わり、十五代神功皇后がこの法を用いて戦勝したが、その御子の応神天皇があまりにも秘法のあらたかのため他人に盗用されるのを怖れ、暗記の上で紙をさいて食べてしまった。
このためにいったん絶えたが醍醐天皇がこの秘法をもとめて支那へ大江惟時をつかわし惟時は朱雀天皇の世にこの書を探し求めて戻ってきた。
しかし世上には偽書七十二巻を作って流布し、正書は誰にも見せなかった。
この秘法は人皇九代開化天皇の時に支那からわが中つ国に伝わり、十五代神功皇后がこの法を用いて戦勝したが、その御子の応神天皇があまりにも秘法のあらたかのため他人に盗用されるのを怖れ、暗記の上で紙をさいて食べてしまった。
このためにいったん絶えたが醍醐天皇がこの秘法をもとめて支那へ大江惟時をつかわし惟時は朱雀天皇の世にこの書を探し求めて戻ってきた。
しかし世上には偽書七十二巻を作って流布し、正書は誰にも見せなかった。