肉親や人情のつながりに休む気安さはなく、あらゆる関係と存在自体の真相を摸索しつづけたつもりでさへ、誤診することの快さを逃げきることのできない時があつたのだ。
私は再びそれを幸福な時代と称ばう。
さて、私はこれを卒直に言ふよりほかに仕方がないが、私の心は常にただ冷酷である。
肉親や人情のつながりに休む気安さはなく、あらゆる関係と存在自体の真相を摸索しつづけたつもりでさへ、誤診することの快さを逃げきることのできない時があつたのだ。
私は再びそれを幸福な時代と称ばう。
さて、私はこれを卒直に言ふよりほかに仕方がないが、私の心は常にただ冷酷である。