それと同時に、又同様に、数々の絵を描き残しはしたが、ここに我ありと絶叫して悔ひない底の作品を嘗て物した覚えのない寂寥が、恰も女と表裏の関係をなすが如くに感傷の底につきまとひ、その焦燥や怒り寂寥悲しさを鋭いものにさせてゐた。
扨て、蕗子は芹沢東洋が自分から働きかけた始めての女であつた。
蕗子の愛をかちえた時、様々の難儀の後に、たとへば蕗子の家族との錯雑を極めた折衝なぞを乗り越えて、漸く蕗子を囲ふことができたときには、それが単に一女性の愛をかちえたことではなく、絵に就いても言ふまでもなく生活の全面に於て新らたな光りと出発を獲得したのだと熱狂して人にも語り、自らも固く心に信じたのは、一時の亢奮ではあつたにしても、贋物ではないのであつた。