蕗子の愛をかちえた時、様々の難儀の後に、たとへば蕗子の家族との錯雑を極めた折衝なぞを乗り越えて、漸く蕗子を囲ふことができたときには、それが単に一女性の愛をかちえたことではなく、絵に就いても言ふまでもなく生活の全面に於て新らたな光りと出発を獲得したのだと熱狂して人にも語り、自らも固く心に信じたのは、一時の亢奮ではあつたにしても、贋物ではないのであつた。
言ふまでもなく当時の彼の一方ならぬ寂寥や怒りや焦燥や悲しさから無我夢中に飛びついた一獲物ではあつたにしても、彼の心は偽りなしに、むしろ狂的なひたむきをもつて、全面の生活が、生命力が、ここに新らたに始まるのだと意気込んだのは無理に強めた空虚なかけ声ではなかつたのだ。
勿論その正体は枯草のやうなものでもあつた。