然しながら蕗子は蕗子なみの考へ方によつて、むしろ或ひは決然たる断案の示すところにもとづいて、甘んじて芹沢東洋の二号たることを選びだしたのであらう事実も、亦私はこれを否定することができないのだ。
この非凡なる凡庸婦人を相手にして全霊を傾けた愛情を捧げ、新らたなる出発の光明に向つて飛び立たうとすることは、雲峯を押し煙幕に飛びかかると同じやうに手応へがなかつたに違ひない。
出来合ひの聖母マリヤか架空の佳人を守護天使にして窃かに溜息をまぎらす方が、むしろ絶望の息苦しさを多少ともまぬかれたに相違ないのだ。