私は曾て、二十三四の頃であつたが、のどかな郊外の道を歩いてゐるうちに、突然百円の苦痛を賭けた惨めな泣面がせずにゐられぬ自虐的な気持に襲はれ、折から通りかかつた寺院の庫裡へとびこんで、難渋した旅の者だが一飯の喜捨をめぐんでくれと泣声をはりあげて叫んだことがあつたりした。
別にそれを思ひだして腹を立てたわけでもないが。
来訪者は音を殺して帰つていつた様子であつた。
私は曾て、二十三四の頃であつたが、のどかな郊外の道を歩いてゐるうちに、突然百円の苦痛を賭けた惨めな泣面がせずにゐられぬ自虐的な気持に襲はれ、折から通りかかつた寺院の庫裡へとびこんで、難渋した旅の者だが一飯の喜捨をめぐんでくれと泣声をはりあげて叫んだことがあつたりした。
別にそれを思ひだして腹を立てたわけでもないが。
来訪者は音を殺して帰つていつた様子であつた。