五月十一日――と、改めて言ひだすまでのことはなく、これは前章と同じ日で、即ち妹の失踪の翌日、私が長平に呼び起されて妹の不可解な行動を確かめるために彼の下宿へ赴いたその当日、この夜は父が上京の筈であつた。
妹の行動が私に大きな衝撃を与へたといふ言ひ方は全然当らないが、然し一人にもなりかねた私は、恐らく同じ思ひの長平と油の乗らない沈黙がちな対坐にすつかりくたびれてしまひながらも、思ひ切つて立ち上る勇気がなかつた。
正午近い時刻になつて昼食のために肩を並べて外出した二人が一旦アトリヱへ立ち寄つてみると、置き残してきた珍客兄妹に異常はなく、思ひがけないことには、秋子とあぐりとこれも同じ画学生の巨勢きそのといふ有閑婦人の三人が我物顔にアトリヱを占領してゐた。