これといふ定まつた職業も持たず、とりたてて言ふべきほどの希望といふものも持つやうには見えず、すくなくとも希望を懐いて励むといふ風情は何事に就ても見受けられず、妻子もなく、財産もなく、時々住む家もなかつた。
その代り、将棋と囲碁は田舎初段の腕前があり、嘗ては新聞のその欄を担当したり碁会所の師範代とも居候ともつかないことをやつてみたりしたこともあるが、その道で身を立てる気持は微塵もなかつたので長続きがせず、文学、美術、音楽、何を語らしてもとにかく相当の見識はあるのであつて、手相指紋骨相なぞにも玄人めいた蘊蓄があるかと思へば天文地質生物学なぞといふものに凝つてみたり、今時には珍らしく漢詩に精通してゐると思ふと二ヶ国ぐらゐの横文字も読めるといふ風に、とにかくその趣味は多方面にわたり、かつその全生活が趣味以上にでなかつた。
趣味以上にでるためには必然その道に殉ずる底の馬鹿も演じとかくの批判も受けなければならないのが阿呆らしくもあり怖ろしくもある様子にみえた。