といふのは、伊東伴作も幾分紅庵に似たところのあるディレッタントで頭の中には過剰すぎる考へごとが渦まいてゐても実行力はないといふ、すくなくとも紅庵の考へでは自分の親類筋の一人のやうに見当をつけた形跡がある。
伊東伴作に女の身柄を預けておくぶんには、女の身体が汚されるといふ心配はまづないやうに計算したのではないだらうか?
女を連れてくる早々、男と女のことだから自然に二人の関係が身体のことに進んでみてもやむを得ないことぢやないかと無理なくらゐ言ひ強めたのも、今となつて考へてみると、つまりお前にはさういふことができないのだと多寡をくくつて冷やかしてゐた文句のやうにとれないこともないのであつた。