最愛の心の女を人の二号に世話をする、一見甚だ奇妙のやうに思はれて、さういふことは有り得ぬやうに思はれるから、蕗子を伊東伴作のもとへ連れこんできた紅庵の気持は仕事の世話でもしてもらひ、あはよくば純粋に生活の保証だけをしてもらふといふぐらゐのところで、二号の世話を焼く意志なぞは微塵もなかつたことのやうに考へられるが、然しつら/\考へてみると然う単純に言ひきれぬものがあるのだつた。
そも/\紅庵が伊東伴作をつかまへて、蕗子を二号にしたらどうかと言ひだしたのは今度が始めてのことではなく、伴作のもはや半ば失はれた記憶の奥を辿つてみると、勿論極めて無責任なその場限りの冗談としての話であつたが、かれこれ一年近く前からさういふ言葉が少くとも二度三度は紅庵の口から洩れてゐるやうである。
もとよりこのくらゐの冗談は誰の口にもありうることでそれ自体としては奇も変もないが、冗談から駒がでたといふものか、これが現在はほんとの話になつてゐる事態の底を綿密に探つてみれば、雨宮紅庵自身すら気付かぬところの一つの強力な潜在意志が彼の秘密の情慾に沿うて流れ、この冗談の底に作用いてゐたと思はれぬ節もないではない。