「なるほど」伊東伴作は心の底で、やつぱりさうだと思はず大声で叫んだのだつた。
昨日今日紅庵にそそのかされた事柄ではないにしても、底の底まで探つてみると、女の行動や考へ方の隅々まで紅庵の執拗な感化が行きわたつてゐるやうな気がした。
執拗な感化があくどく行きわたつてゐるだけに、蕗子はなんとなく紅庵に反撥を感じ、紅庵の知らない所へ引越したいやうな考へを起したりするが、要するにその反撥の裏を辿れば、家出してからの蕗子の考へや行ひの一つ一つが紅庵の影響のもとにあり、蕗子そのものの本体まで紅庵の生臭い臭気から抜けでることができずにゐるのではあるまいかと伊東伴作は考へたのだ。