私は斯様なファルスが一つの文学であることを確信はしてゐたが、日本に先例のすくない作品であり世評もわるく自己の文学上の信念に疑惑すら懐きはじめてゐた。
ところが文藝春秋で牧野さんがこの作品を激賞した。
私はむしろ唖然としたばかりで、自分の信念にひびの這入つた私は牧野さんを訪ねる勇気も手紙を書く元気もなく、とにかく自分を立て直すつもりで「黒谷村」といふのを書いたが、新聞の文芸時評で牧野さんは再び「黒谷村」を激賞してくれ、同時に遊びに来ないかといふ地図入りの手紙(この地図の出鱈目さつたらない、道の方向が全然逆であつた)を呉れた。