むしろ愛称といふべきで、かういふ点でも彼は完全に自己に憑かれてゐた人である)が最も貧乏だと頻りに吹聴してゐたが、それはひがみでなく、ここでも彼は暁星第一の貧乏な父兄であることを巧みに自家設計の人生へくり入れて楽しんでゐた形であつた。
その頃から神経衰弱もおさまり、私との神経的な反目も柔らいだが、その頃から私は文学上の見解で彼と争ふやうになり、昔のやうに足繁く往来しなくなつた。
そのうちに、牧野さんは五反田の霞荘へ移り、小田原へ帰り、横須賀へ移り、再び霞荘へもどつた。
むしろ愛称といふべきで、かういふ点でも彼は完全に自己に憑かれてゐた人である)が最も貧乏だと頻りに吹聴してゐたが、それはひがみでなく、ここでも彼は暁星第一の貧乏な父兄であることを巧みに自家設計の人生へくり入れて楽しんでゐた形であつた。
その頃から神経衰弱もおさまり、私との神経的な反目も柔らいだが、その頃から私は文学上の見解で彼と争ふやうになり、昔のやうに足繁く往来しなくなつた。
そのうちに、牧野さんは五反田の霞荘へ移り、小田原へ帰り、横須賀へ移り、再び霞荘へもどつた。