これは論理的訓練の不足した社会における当然な現象であらうけれど、特に我国においては非論理性を不当に評価することが甚しいやうである。
我国で大人物といへば茫洋として掴まへどころのない人間といふことを不可欠の条件とし、即ち性格的な非論理性を珍重する。
なるほど人間の存在それ自らが解きがたい一つの矛盾撞着であることも事実であらうが、かゝる存在それ自らとしての矛盾撞着は非論理的なものではなく、論理化された矛盾であつて、充分に知的なものであり、政治家的処世術としての非論理性とは自らその趣きを異にする。
これは論理的訓練の不足した社会における当然な現象であらうけれど、特に我国においては非論理性を不当に評価することが甚しいやうである。
我国で大人物といへば茫洋として掴まへどころのない人間といふことを不可欠の条件とし、即ち性格的な非論理性を珍重する。
なるほど人間の存在それ自らが解きがたい一つの矛盾撞着であることも事実であらうが、かゝる存在それ自らとしての矛盾撞着は非論理的なものではなく、論理化された矛盾であつて、充分に知的なものであり、政治家的処世術としての非論理性とは自らその趣きを異にする。