なるほど人間の存在それ自らが解きがたい一つの矛盾撞着であることも事実であらうが、かゝる存在それ自らとしての矛盾撞着は非論理的なものではなく、論理化された矛盾であつて、充分に知的なものであり、政治家的処世術としての非論理性とは自らその趣きを異にする。
充分論理的であるべき筈の無産派政治家すら大人物型的非論理性に溺れやすい状態で、我々の理知をも感情をもひいては全存在を冷静な知性を凝らして観察し一応論理化することは相当至難なことである。
教壇的な博識によつては及び難いことで、日頃休みない省察の眼を自らに向け冷酷にして誠実なメスを自らの内部に向けて切り刻むことがなくては、かゝる論理性は得がたいのである。