この山口といふ男は当時の私のたつた一人の友達だが(もう一人沢辺といふのがゐたがこれはほんとに発狂して巣鴨の保養院に入院中であつた――)私が日夜の妄想に悩み孤独を怖れて連日彼を訪れるものだから、彼は私の蒼白な顔とギラギラ底光りのする眼付に怯えて、突然夜逃げをしてしまつた。
怖るべき孤独のまぎらす術を失つた私は彼の無情を憎んで、見つけ次第絞め殺してやらうといふ想念に苦しめられて弱つた。
これは余談であるが、さて彼へ送つた書置き中の「これこれへ書きとめておいたもの」といふのは、其後になつて読んでみると一読滑稽でさへあるほど幼稚きはまりないもので、先年すべて八ツ裂きに破つて棄てた。