私はただ過剰すぎる少年の夢をもてあまし、学校の規律にはどうしても服しきれない本能的な反抗癖と怠け癖とによつて、日毎に学業を怠ることに専念し、当時からすでに実際は発狂してゐた沢辺といふ秀才や白眼道人の甥などを誘ひ、神楽坂の紅屋や護国寺門前の鈴蘭といふ当時社会主義者の群れが入り浸つたまつくらな喫茶店で学校の終る時間まで過してゐました。
たまたま鈴蘭に手入れがあつてここに入り浸つた中学生は一応全部取調を受け、その大半は退学処分を受けたにも拘らず沢辺狂人や私の一派は本来の不良ならずといふ意味ですか、保護者すら知らずに許るされてゐたやうな出来事などがあつたのです。
沢辺狂人と私は悟入を志して仏教を学び牛込の禅寺へ坐禅を組みにでかけたりなどしてゐた可愛気のない中学生でもありました。