それで僕は千代子に関して何という明瞭な所置も取らずに過ぎた。
もっともこういう不安な状態で日を送った時期にも、まるで田口の家と打絶えた訳ではなかったので、会には単に母の喜こぶ顔を見るだけの目的をもって内幸町まで電車を利用した覚さえあったのである。
そういうある日の晩、僕は久しぶりに千代子から、習い立ての珍らしい手料理を御馳走するからと引止められて、夕飯の膳についた。
それで僕は千代子に関して何という明瞭な所置も取らずに過ぎた。
もっともこういう不安な状態で日を送った時期にも、まるで田口の家と打絶えた訳ではなかったので、会には単に母の喜こぶ顔を見るだけの目的をもって内幸町まで電車を利用した覚さえあったのである。
そういうある日の晩、僕は久しぶりに千代子から、習い立ての珍らしい手料理を御馳走するからと引止められて、夕飯の膳についた。