この医者のうちといふものは殺された患者の亡魂がたちこめてゐるもので、このあひだもあんた、大学病院へ行つたところが、うつかり吸つた息の中へ亡魂の片足を吸ひこんできて、いやその晩のうなされたことはといふと……」他巳吉は尻込みしながら例の冗談にまぎらしたが、交渉といふやうな肩を張つた人生が、もはや堪えがたいらしかつた。
生来の弱気が愈々露骨になつたのか、金貸しのころの虚勢で通した強気の記憶が味気ない思ひを深めて、べつだん気に病む筋のないこんな会談に立ち会ふことすら厭な思ひがするのだらうか。
然しもともと他巳吉は他人のことに自ら進んで一肌ぬぐといふやうな勇み肌の親切気は、まつたく持合せがなかつたのである。