東京から人気の高い数名の画家が招かれて審査に当るわけであるが、入選の絵といふものも中等学校の展覧会に年功だけを加へた程度の幼稚なもので、審査よりも変つた土地の遊びの方に興を覚えたに相違ない審査員は、然し年ごとに進歩の跡がみられるとか、特選の絵は中央の画壇へだしても羞かしくない出来栄えであるといふやうな月並なお世辞を残して退散してしまふのだつた。
疑紅社の同人達は野心の最大の振幅すら県展の域を踏みださない数千名の一人であつた。
Rといふまだ年若い半玄人を中心にして、この人を師匠格に漫然と団体を組んでゐたのである。