日本人にしてみれば、わざ/\立ち上つて窓の外を眺めたところで、要するに空があり樹立があるにすぎない。
気分がいくらか晴れるにしても眼をとぢれば元の木阿弥である。
結局立ち上つて歩くだけの足損だと観念の臍をかためてゐるうえでの凝念自若たる木像であらうと思ふ。
日本人にしてみれば、わざ/\立ち上つて窓の外を眺めたところで、要するに空があり樹立があるにすぎない。
気分がいくらか晴れるにしても眼をとぢれば元の木阿弥である。
結局立ち上つて歩くだけの足損だと観念の臍をかためてゐるうえでの凝念自若たる木像であらうと思ふ。