結局立ち上つて歩くだけの足損だと観念の臍をかためてゐるうえでの凝念自若たる木像であらうと思ふ。
別段になんらの知的探究も賭けないところの斯かる民族的なそしてまた本能的なニヒリズムは聊かならず外国人に理解のできぬところであらう。
ことに暗澹たる雪国の住民に於ては、かやうに非知識的なニヒリズムが風土的に甚しいのである。
結局立ち上つて歩くだけの足損だと観念の臍をかためてゐるうえでの凝念自若たる木像であらうと思ふ。
別段になんらの知的探究も賭けないところの斯かる民族的なそしてまた本能的なニヒリズムは聊かならず外国人に理解のできぬところであらう。
ことに暗澹たる雪国の住民に於ては、かやうに非知識的なニヒリズムが風土的に甚しいのである。