別段になんらの知的探究も賭けないところの斯かる民族的なそしてまた本能的なニヒリズムは聊かならず外国人に理解のできぬところであらう。
ことに暗澹たる雪国の住民に於ては、かやうに非知識的なニヒリズムが風土的に甚しいのである。
そして窓外の風景を決して屡々眺めないところの日本人は、然し風景の飽かざる静観者であり、自らの肉体化した風景の所有者でないと言ふことはできない。
別段になんらの知的探究も賭けないところの斯かる民族的なそしてまた本能的なニヒリズムは聊かならず外国人に理解のできぬところであらう。
ことに暗澹たる雪国の住民に於ては、かやうに非知識的なニヒリズムが風土的に甚しいのである。
そして窓外の風景を決して屡々眺めないところの日本人は、然し風景の飽かざる静観者であり、自らの肉体化した風景の所有者でないと言ふことはできない。