と、たとへば男の友達が言ふ。
すると由子はそれの否定や肯定ではなく、そしらぬやうな冷淡きはまる顔付をして「愚劣だと悪いの」と言つたり「ぢや、偉くないのね」と言つたり、またある時には決然として「でも立派よ」と言ひきつたりする。
それらの言葉は正当な意味によつてではなく、対者の心理の隙につけこむことによつてのみ意味を生じ、かつその意味が正統ならざることによつて実質以上に評価せしめやうとするのである。
と、たとへば男の友達が言ふ。
すると由子はそれの否定や肯定ではなく、そしらぬやうな冷淡きはまる顔付をして「愚劣だと悪いの」と言つたり「ぢや、偉くないのね」と言つたり、またある時には決然として「でも立派よ」と言ひきつたりする。
それらの言葉は正当な意味によつてではなく、対者の心理の隙につけこむことによつてのみ意味を生じ、かつその意味が正統ならざることによつて実質以上に評価せしめやうとするのである。