そこで第二に、失踪といふ事実によつて、夢のせつなさが解決されたわけでもなく、また問題が終りを告げたわけでもないといふ仮定が生まれる。
しかも失踪とか、自殺とか、感動とか、さういふ事件は、その人の生涯の時間の中では極めて短い時間で、その人の人生の大部分は事件ではないのだ。
ところが我々の習慣的な思考は、とかく事件に意味をもたせがちなのだ。
そこで第二に、失踪といふ事実によつて、夢のせつなさが解決されたわけでもなく、また問題が終りを告げたわけでもないといふ仮定が生まれる。
しかも失踪とか、自殺とか、感動とか、さういふ事件は、その人の生涯の時間の中では極めて短い時間で、その人の人生の大部分は事件ではないのだ。
ところが我々の習慣的な思考は、とかく事件に意味をもたせがちなのだ。