だから他人の問題を足場にし、それを利用して針路を定めることがなく、あらゆる歴史が自分の中から始まるのです。
ですからうちの編輯長のこねくりまはしてゐることは、何千年の昔に人が考へてゐたやうな、ひどく幼稚なことですよ。
ただあの人にとつては、それが常に実践の足場として問題になつてゐるので、理論としての幼稚さが一概にさうも言へないのですね。
だから他人の問題を足場にし、それを利用して針路を定めることがなく、あらゆる歴史が自分の中から始まるのです。
ですからうちの編輯長のこねくりまはしてゐることは、何千年の昔に人が考へてゐたやうな、ひどく幼稚なことですよ。
ただあの人にとつては、それが常に実践の足場として問題になつてゐるので、理論としての幼稚さが一概にさうも言へないのですね。