打つ、投げる、はまだいゝのですが、走る方がもうダメですと、千谷先生は嘆いていたが、まさに同感、僕らの年齢になると、ホームランを打っても、せいぜい二塁で息がつづかず、休息ということになり、その疲労で一度にグッタリしてしまう。
然し、内村大投手、千谷大捕手という恵まれた先生方のおかげで、坂口小選手は異例の野球見物を許されたが、ほかの患者は大いに羨望し、その結果かどうか知らないが、脱走をはかったのが二人もあり、一人は十八ぐらいの静岡の娘で、これは僕の女房にとりいって、ひそかに脱走の機を狙っていた。
女房は相手が分裂病の患者とは、知らないから、お金を貸したり、今にも一緒に外出というところを、僕が発見して、未然にふせぐことができた。