僕は意地張という点において、どっちかというとむしろ陰性の癇癪持だから、発作に心を襲われた人が急に理性のために喰い留められて、劇しい自動車の速力を即時に殺すような苦痛は滅多に甞めた事がない。
それですらある場合には命の心棒を無理に曲げられるとでも云わなければ形容しようのない活力の燃焼を内に感じた。
二つの争いが起るたびに、常に頭の命令に屈従して来た僕は、ある時は僕の頭が強いから屈従させ得るのだと思い、ある時は僕の胸が弱いから屈従するのだとも思ったが、どうしてもこの争いは生活のための争いでありながら、人知れず、わが命を削る争いだという畏怖の念から解脱する事ができなかった。