渡鮮して十年目のことであった。
それから半年、二児を抱えては重吉もさすがに窮して、これも故郷へ舞い戻ったが、意気必ずしも銷沈せず、二児と共にかゝえてきた荷物といえば、石頭に似もやらず、三十冊ほどの孔子に関する書物だけであったというから、その意気や壮と申すべきところかも知れない。
重吉はクッタクがなかった。
渡鮮して十年目のことであった。
それから半年、二児を抱えては重吉もさすがに窮して、これも故郷へ舞い戻ったが、意気必ずしも銷沈せず、二児と共にかゝえてきた荷物といえば、石頭に似もやらず、三十冊ほどの孔子に関する書物だけであったというから、その意気や壮と申すべきところかも知れない。
重吉はクッタクがなかった。