その学者は現代の日本の開化を解剖して、かかる開化の影響を受けるわれらは、上滑りにならなければ必ず神経衰弱に陥いるにきまっているという理由を、臆面なく聴衆の前に曝露した。
そうして物の真相は知らぬ内こそ知りたいものだが、いざ知ったとなると、かえって知らぬが仏ですましていた昔が羨ましくって、今の自分を後悔する場合も少なくはない、私の結論などもあるいはそれに似たものかも知れませんと苦笑して壇を退ぞいた。
僕はその時市蔵の事を思い出して、こういう苦い真理を承わらなければならない我々日本人も随分気の毒なものだが、彼のようにたった一人の秘密を、攫もうとしては恐れ、恐れてはまた攫もうとする青年は一層見惨に違あるまいと考えながら、腹の中で暗に同情の涙を彼のために濺いだ。