ただ私の休んだ旅館の女中なども、みんなあの丹下左膳の街頭募金姿を見て知っていましてね、おかげで、町の話題がそれで持ちきり、というワケです。
銀座通りのすぐ横丁の『弁天』という料理屋へ食事に行く習慣だったそうですが、毎日くるのだし、傷痍軍人だから、半額にしろ、と筆談でネバッて、イヤがられて、それ以来いい顔をされなくなったという話です。
胴巻にギッシリと、大変な札束を肌身はなさず身につけていたそうですよ」
ただ私の休んだ旅館の女中なども、みんなあの丹下左膳の街頭募金姿を見て知っていましてね、おかげで、町の話題がそれで持ちきり、というワケです。
銀座通りのすぐ横丁の『弁天』という料理屋へ食事に行く習慣だったそうですが、毎日くるのだし、傷痍軍人だから、半額にしろ、と筆談でネバッて、イヤがられて、それ以来いい顔をされなくなったという話です。
胴巻にギッシリと、大変な札束を肌身はなさず身につけていたそうですよ」