その当時の呉八段は、神様のせゐで、見る目も痛々しいものであつた。
神様は信者もへり、後援者もなく、ケン族五六名ぐらゐの小人数に落ちぶれて、津軽のどこかへ都落ちして、神様ケン族の生活費はもつぱら呉八段の対局料に依存してゐたやうである。
夜陰に及んで、やうやく姿を現した呉八段は、ヨレヨレの国民服に、手垢や泥にまみれた小さなズックのボストンバッグを小腋にかゝへてゐた。
その当時の呉八段は、神様のせゐで、見る目も痛々しいものであつた。
神様は信者もへり、後援者もなく、ケン族五六名ぐらゐの小人数に落ちぶれて、津軽のどこかへ都落ちして、神様ケン族の生活費はもつぱら呉八段の対局料に依存してゐたやうである。
夜陰に及んで、やうやく姿を現した呉八段は、ヨレヨレの国民服に、手垢や泥にまみれた小さなズックのボストンバッグを小腋にかゝへてゐた。