私が諏訪へ行くようになったのは、Wという若い友人が胸を病んで、富士見のサナトリウムに居り、彼をムリにそこへ行くようにさせたのも私であるから、彼を見舞う責任が私にあったせいである。
富士見のサナトリウムといえば、いかにも白樺にかこまれた高原の詩趣にみちているようだが、実状は、高原のコヤシ臭い畑の中のもう廃屋に近いようなうそ寒いところであった。
然し、汽車が、南アルプスから八ヶ岳、北アルプスへと、次第に山のふところへ深くはいって行く時、破れかぶれともいうような私の胸の思いが、いくらかでも、澄み、少年の日のような幼く淡い孤独に慰められる思いがしたのは事実であった。