日高君の説によると、コンラッドは背景として自然を用いたのではない、自然を人間と対等に取扱ったのである、自然の活動が人間の活動と相交渉し、相対立する場合を写した作物である。
これを主客顛倒と見るのは始めから自然は客であるべきはずとの僻目から起るのである。
――まあこういうのが非難の要点である。
日高君の説によると、コンラッドは背景として自然を用いたのではない、自然を人間と対等に取扱ったのである、自然の活動が人間の活動と相交渉し、相対立する場合を写した作物である。
これを主客顛倒と見るのは始めから自然は客であるべきはずとの僻目から起るのである。
――まあこういうのが非難の要点である。