疲れきった私は、病人に同情され、病人が看護婦をつれてきて、葡萄糖やビタミンの注射を打ってくれたりしたが、透きとおるような皮膚をした青年たちと食事をしたりしていると、一そうこの山々がなつかしく、都会がうとましく思われるのであったが、皮膚のすきとおる青年たちは一様に山々を呪い、都会にアコガレをよせていたが、その思いは、まことに激しく、目覚ましいものであった。
私は精神病院へ入院して、やがて病人たちを観察しはじめたとき、いつも比較的に富士見の皮膚のすきとおる患者たちを思いだしたが、精神病院にも同じ年ごろの分裂病の患者たちがいて、彼らも一様に病院を呪い、病気を呪い、鉄格子の外へ脱出したがっていたが、帰する思いは非常に違っていたようである。
皮膚のすきとおる青年たちは、いずれもインテリであり、絶望だの虚無だのと、それらの言葉について関心を持っていたが、然し、彼らは、健全な肉体と、健全な生活、美しい恋人や、家庭などを考え、そして山々を呪い、都会にあこがれていたようである。