その夕方の六時、京都へ辿りついた時、私はまったく病人であり、発熱して、旅館に病臥してしまった。
京都へ着いたら、と、色々と思い描いていた希望は、すべて虚しく、約二時間、京都の街をうろついたほかは、旅館にとじこもって、炬燵に寝倒れ、その肉体的な苦痛よりも、仕事と闘うために最後の希望を托していた、その打撃が、まさしく私を打ちふせてしまったのである。
この旅行の取柄と云えば、私の泊った旅館が、終戦まで宮様の邸であったことで、その間どりは、私がはじめて見たものであった。
その夕方の六時、京都へ辿りついた時、私はまったく病人であり、発熱して、旅館に病臥してしまった。
京都へ着いたら、と、色々と思い描いていた希望は、すべて虚しく、約二時間、京都の街をうろついたほかは、旅館にとじこもって、炬燵に寝倒れ、その肉体的な苦痛よりも、仕事と闘うために最後の希望を托していた、その打撃が、まさしく私を打ちふせてしまったのである。
この旅行の取柄と云えば、私の泊った旅館が、終戦まで宮様の邸であったことで、その間どりは、私がはじめて見たものであった。