京都へ着いたら、と、色々と思い描いていた希望は、すべて虚しく、約二時間、京都の街をうろついたほかは、旅館にとじこもって、炬燵に寝倒れ、その肉体的な苦痛よりも、仕事と闘うために最後の希望を托していた、その打撃が、まさしく私を打ちふせてしまったのである。
この旅行の取柄と云えば、私の泊った旅館が、終戦まで宮様の邸であったことで、その間どりは、私がはじめて見たものであった。
つまり、廊下を通らずに、大きな座敷を通らなければ、奥へ行くことが出来ない仕掛けになっており、その座敷が「トノイ」の人のつめたもののようであり、この関所を通らなければ、夫人も石川五右衛門も奥へは行きがたい仕組みになっているのである。