五代目はうまかった。
円朝はどうだ、小さんがどうだ、今の奴はなっていない、と云う見識のない老人はみんなこう云いたがるもので、五代目や円朝、小さんの生きていたころの老人は、さらに一昔前をなつかしがって、その現代を軽蔑したに極っている。
老人というものは、昔の時代に生きていて、現代には生きていないものであるから、そう云うのが当然で、つまり現代から捨てられ見放されている残骸にすぎない。
五代目はうまかった。
円朝はどうだ、小さんがどうだ、今の奴はなっていない、と云う見識のない老人はみんなこう云いたがるもので、五代目や円朝、小さんの生きていたころの老人は、さらに一昔前をなつかしがって、その現代を軽蔑したに極っている。
老人というものは、昔の時代に生きていて、現代には生きていないものであるから、そう云うのが当然で、つまり現代から捨てられ見放されている残骸にすぎない。