へんツマ巡査などが笑ったってとすぐさま御両君の後を慕って馳け出す、これが巡公でなくって先日の御娘さんだったらやはりすぐさま馳け出されるかどうだかの問題はいざとならなければ解釈がつかないから質問しない方がいいとして先へ進む、さて両君はこの辺の地理不案内なりとの口実をもって覚束なき余に先導たるべしとの厳命を伝えた、しかるに案内には詳しいが自転車には毫も詳しくないから、行こうと思う方へは行かないで曲り角へくるとただ曲りやすい方へ曲ってしまう、ここにおいてか同じ所へ何返も出て来る、始めの内は何とかかんとかごまかしていたが、そうは持ち切れるものでない、今度は違った方へ行こうとの御意である、よろしいと口には云ったようなものの、ままにならぬは浮世の習、容易にそっちの方角へ曲らない、道幅三分の二も来た頃、やっとの思でハンドルをギューッと捩ったら、自転車は九十度の角度を一どきに廻ってしまった、その急廻転のために思いがけなき功名を博し得たと云う御話しは、明日の前講になかという価値もないから、すぐ話してしまう、この時まで気がつかなかったがこの急劇なる方向転換の刹那に余と同じ方角へ向けて余に尾行して来た一人のサイクリストがあった、ところがこの不意撃に驚いて車をかわす暇もなくもろくも余の傍で転がり落ちた、後で聞けば、四ツ角を曲る時にはベルを鳴すか片手をあげるか一通りの挨拶をするのが礼だそうだが、落天の奇想を好む余はさような月並主義を採らない、いわんやベルを鳴したり手を挙げたり、そんな面倒な事をする余裕はこの際少しもなきにおいてをやだ、ここにおいてかこのダンマリ転換を遂行するのも余にとっては万やむをえざるに出たもので、余のあとにくっついて来た男が吃驚して落車したのもまた無理のないところである、双方共無理のないところであるから不思議はない、当然の事であるが、西洋人の論理はこれほどまで発達しておらんと見えて、彼の落ち人大に逆鱗の体で、チンチンチャイナマンと余を罵った、罵られたる余は一矢酬ゆるはずであるが、そこは大悠なる豪傑の本性をあらわして、御気の毒だねの一言を遺してふり向もせずに曲って行く、実はふり向こうとするうちに車が通り過ぎたのである、「御気の毒だね」よりほかの語が出て来なかったのである、正直なる余は苟且にも豪傑など云う、一種の曲者と間違らるるを恐れて、ここにゆっくり弁解しておくなり、万一余を豪傑だなどと買被って失敬な挙動あるにおいては七生まで祟るかも知れない、
忘月忘日 人間万事漱石の自転車で、自分が落ちるかと思うと人を落す事もある、そんなに落胆したものでもないと、今日はズーズーしく構えて、バタシー公園へと急ぐ、公園はすこぶる閑静だが、その手前三丁ばかりのところが非常の雑沓な通りで、初学者たる余にとっては難透難徹の難関である、今しも余の自転車は「ラヴェンダー」坂を無難に通り抜けて、この四通八達の中央へと乗り出す、向うに鉄道馬車が一台こちらを向いて休んでいる、その右側に非常に大なる荷車が向うむきに休んでいる、その間約四尺ばかり、余はこの四尺の間をすり抜けるべく車を走らしたのである、余が車の前輪が馬車馬の前足と並んだ時、すなわち余の身体が鉄道馬車と荷車との間に這入りかけた時、一台の自転車が疾風のごとく向から割り込んで来た、かようなとっさの際には命が大事だから退却にしようか落車にしようかなどの分別は、さすがの吾輩にも出なかったと見えて、おやと思ったら身体はもう落ちておった、落方が少々まずかったので、落る時左の手でしたたか馬の太腹を叩いて、からくも四這の不体裁を免がれた、やれうれしやと思う間もなく鉄道馬車は前進し始める、馬は驚ろいて吾輩の自転車を蹴飛す、相手の自転車は何喰わぬ顔ですうと抜けて行く、間の抜さ加減は尋常一様にあらず、この時派出やかなるギグに乗って後ろから馳け来りたる一個の紳士、策を揚げざまに余が方を顧みて曰く大丈夫だ安心したまえ、殺しやしないのだからと、余心中ひそかに驚いて云う、して見ると時には自転車に乗せて殺してしまうのがあるのかしらん英国は険呑な所だと
余が廿貫目の婆さんに降参して自転車責に遇ってより以来、大落五度小落はその数を知らず、或時は石垣にぶつかって向脛を擦りむき、或る時は立木に突き当って生爪を剥がす、その苦戦云うばかりなし、しかしてついに物にならざるなり、元来この二十貫目の婆さんはむやみに人を馬鹿にする婆さんにして、この婆さんが皮肉に人を馬鹿にする時、その妹の十一貫目の婆さんは、瞬きもせず余が黄色な面を打守りていかなる変化が余の眉目の間に現るるかを検査する役目を務める、御役目御苦労の至りだ、この二婆さんの呵責に逢てより以来、余が猜疑心はますます深くなり、余が継子根性は日に日に増長し、ついには明け放しの門戸を閉鎖して我黄色な顔をいよいよ黄色にするのやむをえざるに至れり、彼二婆さんは余が黄色の深浅を測って彼ら一日のプログラムを定める、余は実に彼らにとって黄色な活動晴雨計であった、たまた降参を申し込んで贏し得たるところ若干ぞと問えば、貴重な留学時間を浪費して下宿の飯を二人前食いしに過ぎず、さればこの降参は我に益なくして彼に損ありしものと思惟す、無残なるかな、