彼は一人で、旅行もし、死ぬ日まで東京せましととび歩き、のみ廻っていたほどだ。
私ときては、歩行まったく困難、最後には喋ることもできなくなった。
田中英光のように、秋風の身にしむ季節に、東北の鳴子温泉などゝいうところへ、八ツぐらいの子供をつれて、一人ションボリ中毒を治し、原稿を書くべく苦心悪闘していたのでは、病気は益々悪化し、死にたくなるのは当りまえだ。
彼は一人で、旅行もし、死ぬ日まで東京せましととび歩き、のみ廻っていたほどだ。
私ときては、歩行まったく困難、最後には喋ることもできなくなった。
田中英光のように、秋風の身にしむ季節に、東北の鳴子温泉などゝいうところへ、八ツぐらいの子供をつれて、一人ションボリ中毒を治し、原稿を書くべく苦心悪闘していたのでは、病気は益々悪化し、死にたくなるのは当りまえだ。