そして、この番狂わせが八百長かどうかは分らないが、八百長でも有りうることは、私が今まで述べたところで、ほぼ判じうるだろうと思う。
しかし、私が話を交した三人の選手のヒタムキな向上心や、彼らによって物語られた選手の私生活について考察しても、選手自体は概ね勝負一途の、競輪に青春を賭けた単純で名誉心にもえたった連中で、選手の腐敗ということは、きわめて一部分の現象でしかないようである。
常に新人が登場して、それが勝敗以外に余念のない十七、十八、十九ぐらいの若者ぞろいであるから、その競争心は熱烈であり、練習も亦猛烈だ。