しかし、忍術物語というものが万人に愛されてきた理由の大いなるものは、人間の胸底にひそむ「無邪気なる悪」に対する憧憬だ。
それは又、だまされる快感と一脈通じるものであり、あるいは表裏をなすものでもある。
人間がみんな聖人になり、この世に悪というものがなくなったら幸福だろうと思うのは、茶飲み話しの空想としては結構であるが、大マジメな論議としては、正当なものではないだろう。
しかし、忍術物語というものが万人に愛されてきた理由の大いなるものは、人間の胸底にひそむ「無邪気なる悪」に対する憧憬だ。
それは又、だまされる快感と一脈通じるものであり、あるいは表裏をなすものでもある。
人間がみんな聖人になり、この世に悪というものがなくなったら幸福だろうと思うのは、茶飲み話しの空想としては結構であるが、大マジメな論議としては、正当なものではないだろう。