若い娘たちが空論を弄ぶのと違って、四十をこした由起さんが自分の体験を理論の裏づけにして、穏やかに、しかし相当の硬論を吐いているところは大人々々している。
しかし、それが小説の支柱になっているかというと、そういうところも見当らなくて、由起さんの小説は甚しく感性的で、雑然としているのである。
福田恆存が由起さんを酷評しているのは、当ったところがある。
若い娘たちが空論を弄ぶのと違って、四十をこした由起さんが自分の体験を理論の裏づけにして、穏やかに、しかし相当の硬論を吐いているところは大人々々している。
しかし、それが小説の支柱になっているかというと、そういうところも見当らなくて、由起さんの小説は甚しく感性的で、雑然としているのである。
福田恆存が由起さんを酷評しているのは、当ったところがある。