つまり、最も世俗的なものであり、風流人の顔をしかめさせた湯女的な、今日のパンパン的現実の線で大衆にアッピールしていたものであったに相違ない。
それが次第に単に型として伝承するうちに、時代的な関心や感覚を全部的に失って、その失ったことによって、時代的でない人間から通だとか粋だとかアベコベにいわれるようになった畸型児なのである。
明治、それから、大正、昭和という途方もなく飛躍的な時代を経過して、昔の型から一歩もでることができずに、大衆の中に生き残ろうなどとムリのムリで、粋とか通とかいわれることが、すでに大衆の中に生きていないことのハッキリした刻印なのだ。