私も腹が立ったが、最後まで私のために苦労してくれた四人の文化部員が、そのためにクビになったり、窮地に立っては気の毒だと思って、黙っていたのである。
朝日新聞のS先生が見ていたようなことを、あッちこッちで書いているのが何より阿呆らしかったが、ま、新聞小説として大失敗であったことに変りはないから、これも因果と默っていた。
そのとき、読売の文化部長の原君(今の社会部長)が残念がって、読売だったらトコトンまで書いてもらったのに残念だと、四面楚歌、日本人がみんな悪く云ってる時に(作者にはそう見えるよ)私をなぐさめて、復讐戦という意味で読売へ書かないかとすすめてくれた。