選者の多くは、例の文化人、ウヌボレ屋のヒマ人の、共産党又は批評家的なるもののたぐいであるから、なんの怖れも知らない。
責任をもって人を推す、選をする、ということは、省れば怖しいことでもある。
私は、しかし、それが人のために私のしてあげられる唯一のことだと覚悟をきめて、正しく責任をつくしたいと念じ、とにかく私は私情によって左右されない自分にいくらか恃みがあったので引きうけた。
選者の多くは、例の文化人、ウヌボレ屋のヒマ人の、共産党又は批評家的なるもののたぐいであるから、なんの怖れも知らない。
責任をもって人を推す、選をする、ということは、省れば怖しいことでもある。
私は、しかし、それが人のために私のしてあげられる唯一のことだと覚悟をきめて、正しく責任をつくしたいと念じ、とにかく私は私情によって左右されない自分にいくらか恃みがあったので引きうけた。