たまたま、このような青年が金閣寺に住んでいたために金閣寺が焼かれただけのことで、金閣寺というものの特性が彼に放火せしめたのではないのである。
自分を裏切った女の顔に硫酸をブッかける犯人は、裏切ったどの女にも硫酸をブッかける必然性が彼の方にあって、彼女の方にどの男からも硫酸をブッかけられる必然性をもっていたわけではない。
金閣寺の青年は、寺内の人々への反感に次第に放火を決意するに至ったが、一番溜飲の下るのは、彼らすべてがそれを飯の種にし、彼らの生存の誇りともしている金閣寺そのものに放火することで、反感とか復讐というものが、最も主要なものを対象に選ぶのは、当然なことである。