歴史的な記念物という意味に於ても、建築的にいつでも原型のまま復元できるだけの資料を後世に伝えることはできる筈である。
こういう種類のものは、それが正確でありさえすれば、模型で保存するだけでタクサンだ。
その原物を見せる手段すらもはばんでいる法隆寺の坊主などが論外であり、文化の為に戦うなら、こういう坊主と徹底的に戦うのが、専門家の専門家たるネウチなのだが、自ら坊主退治に戦うべき本分を忘れて、人が火事退治をしてくれるべきものという他力本願に依存しているから、日本の美学者だの歴史家などというものは、口に文化の美名を説き、金閣寺焼亡、政府の怠慢、妙なことを口走るが、私はどう考えても、政府の怠慢よりも、学者の怠慢、学者の頭の悪さというものではないかと思う。