その手落ちは咎めることができるが、道標を書いた民間人の、悲しい罪は、どうにも、憎めない。
わが身の拙さ、わが身の悲しさに思い至り、身につまされて、やりきれなくなるばかりである。
人はどんなに善意をつくしても、このような切ない罪からまぬがれることは不可能なのである。
その手落ちは咎めることができるが、道標を書いた民間人の、悲しい罪は、どうにも、憎めない。
わが身の拙さ、わが身の悲しさに思い至り、身につまされて、やりきれなくなるばかりである。
人はどんなに善意をつくしても、このような切ない罪からまぬがれることは不可能なのである。