藤十郎一族はハリツケになったが、ここに哀れをとどめたのは訴えでた妾たちで、これも同罪なりと「首を斬られ」てしまったのだ。
時に慶長十八年七月二十日のことであった。
その歿年と系図に記入の文章を見れば、初代津右衛門の長女さだが長安の妾の一人であったことは明かであろう。
藤十郎一族はハリツケになったが、ここに哀れをとどめたのは訴えでた妾たちで、これも同罪なりと「首を斬られ」てしまったのだ。
時に慶長十八年七月二十日のことであった。
その歿年と系図に記入の文章を見れば、初代津右衛門の長女さだが長安の妾の一人であったことは明かであろう。